別に死んでもいいんじゃない?

そもそも、何で生きてるの?

つくづく母親の影響と言うのは大きいなと思う。

 

私の家はそれなりに貧乏だったので、贅沢はできなかったが、時々はプレゼントなどを貰ったこともある。

しかし、貰って嬉しいプレゼントというのは一つもなかった。なぜならどれもこれも母の独りよがりだからである。ちなみに父も同じであるが、こちらは数が少ないので、良くも悪くも印象にないのである。

 

一番嫌だったのが、高校生のときに買ってくれた電子ピアノである。ある朝、さあ出かけるぞ、と無理やり連れ出され、楽器店のピアノの前で「さあどれにする?」とやられたときだ。もちろんピアノは嬉しい。だが私の性格的に買い物をする時は相当吟味しないと気がすまないので、母のやり方は非常に腹が立ったし、またか、とも思った。

まず、どこにいくか、なにをするか、全く聞かされていないという時点でもう苛立ちは極限だった。電子ピアノにしたってヤマハ・河合・ローランドとメーカーごとに特色があるし、ピアノを買うかどうか、というそもそもの選択肢を与えられないということが嫌だった。

 

母にしてみれば自分がして貰えなかったことを、子供にすることで満足しているのだろうが、

そこには「あんたは良いね、親にこんなに良くしてもらえて。私は何にもして貰えなかった」という妬みがあるのだ。もちろん本人は気付いていない。

 

いつもそうだったから、私は人から何か貰うのがとても億劫になってしまった。上手に喜んであげられない自分も情けなかった。

 

 

昨今では、人は何かをすることばかりに気を取られているが、時には何もしないことが重要な事もある、ということを今一度考えてみてほしいと思う。