別に死んでもいいんじゃない?

そもそも、何で生きてるの?

神様はじめました?

私は別に神様を否定している訳ではありません。祈ったりお参りしたりして、その加護を受けながら俗世の荒波を乗り越えていけばいいと思います。

でも、それをしたからって悟れるかというと、そんなことはありません。なんの関係もない。もしあなたの目的が本当の悟りなら、ちょっと距離を置いておいた方がいいと思います。出家者もね。

 

私が神様が嫌いな理由は、一つは父親の所為です。奴は事あるごとに自分は神だと言っていたのです。(あなたが神か!)

なんらかの病名が付きそうな父親ではありますが、実際は愛されたくて仕方ない弱っちい人間でした。その満たされない思いが外へ向かったのが父親、内へ向かったのが私。父と私は似ているので二人っきりでいると案外平和だったりします。母か兄がいるともうダメでしたけど。

まあそんなこんなで、こんなのが神様なら神などいらぬ!といった感じで、神様嫌いとなったわけです。

 

もう一つの理由としては、これは勝手なイメージなんですが、人間に接触してくる程度の神様って、世間知らずのボンボンか、箱入りお嬢様みたいな無自覚な悪意と言いますか善意の押し付けのようなものを感じてしまうのです。

神の愛と言うのは、我々が食べなきゃ死ぬように、その次元の神にとっては愛が食料なんですね。愛がなければ生存できない。そこには人間が丹精込めて食肉用の家畜を育てるような気持ち悪さがあります。神が愛を実践するのは、とどのつまり神の都合によるものであって、決して人間が愛おしいからではありません。本人はそう思っているかもしれませんがね。

結果として人間のためになるならいいじゃないかと思うかもしれませんが、やっぱり私は願い下げです。

同じ種族の人間同士ですらまともに分かり合えないのに、神様なんて何が地雷になるか……

まあ端的に言えば、面倒くさい、ということですな。